最近のこと 2026-01
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- 個人用VPNとして使っているVPSの物理アドレスが(日本にあるはずなのに)ときどき中国本土にされる(と思われる)。すると Sky のニュースなど一部の動画チャンネルやサービスが使えなくなり、YouTube の広告が太極拳ばかりになる
- 昨年末のB・バルドーの訃報、俳優引退後のあれこれの「活動」について触れた日本語メディアがわずかだったことを葬儀の報道(1/7)で思い出す。それはそれで歪な気はするが、要は大して興味はないのだろう
- AIに解説させる行動様式に迎合する感じ。何かを示されることを求めるとき(内容ではなく機能的な意味で)
- Elicit とか Perplexity とかあれこれあったが個人的には ChatGPT / Claude に集約されつつある
- 冬はよく歩きがち
- 自転車には本が読めないという欠点がある(なぜか?)
- Tour Down Under が始まって終わったが観る時間がない。酷暑、カンガルー
- 来客など予定があり仕事場を片付けたらこれまでより寒く感じる(寒波ではあったが……打ち合わせの途中でさすがに寒いと思い不安になる)
- 部屋の容積と暖房能力について考えるべきなのだろうが
読む
新書の文体について考えたり。
- 松沢裕作『歴史学はこう考える』(ちくま新書)
- 森元斎『アナキズム入門』(ちくま新書)
(たとえば)プルードンのミソジニーやらアンチセミティズムやらの件は触れない(とはいえどうでもいいという立場はあるのかもしれない。前者の件は金山準『プルードン』の補論が扱っていた(と思う)) - 南後由和『ひとり空間の都市論』(ちくま新書)
現代都市論はどうしても書かれたタイミングがコロナ前か後かを意識させられる(これはD・バーンの自転車本も共通、アメリカの場合は9.11とかトランプ1期あたりのフェーズの変化)。終章のP2P・IoTあたりの用法は技術寄りの人が無意味に混乱しそうな気はした(読めばわかる話ではあるが) - 若林恵『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』
部分的には再読のような。時間が経てばそういえばそうだったなということが増えている気がする。遠近法のような具合で - 津野海太郎『編集の明暗』(編集 宮田文久)
「アメリカの鱒釣り」のあたりの話は文庫になった藤本和子『リチャード・ブローティガン』を読んだところだったので少し話が立体化される - 金子光晴『フランドル遊記 ヴェルレーヌ詩集』(Tiger Mountain にて)
- 『諸星大二郎短編集成』
欲しい
聴く
- Where the River Goes/Wolfgang Muthspiel
- Blues And Ballads/Brad Mehldau Trio
何かやるときに機械的に聞いているがほぼ聞いていない
行く
- 虎ノ門 Tiger Mountain(とギャラリーの我是白の展示)
装幀家ごとの棚という話はどこかで読んでいたが想像していたよりおもしろい。オーソドックスな分け方とか時系列からは逸脱するが、かといって完全に雑になるわけでもなく発見的な文脈がいろいろある(そもそも選書がいいのだろうが)。全体のボリュームともバランスがいい